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Global Collaboration Center
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第48回 GLOCOLセミナー / 「コンフリクトの人文学セミナー」第43回

100219チラシ

『紛争の現場から ― 国連PKOミッションの活動』



コソヴォにおける教育と調停者としてのUNMIK の役割
茂野玲(元UNMIK職員)

1999 年の紛争終結後においても、コソヴォがプリシュティナとベオグラードという二つの相対する政治的権威 によって分断されてきたことは否定できない事実である。国連安保理決議1244 によって、紛争後のコソヴォの暫定統治を担った国連コソヴォ暫定行政ミッション(UnitedNations Interim Administration Mission in Kosovo: UNMIK) は、両者間の調停役として様々な分野で活動してきた。この報告は調停者としてのUNMIK が、私自身も関わった教育という場においてどのように機能したのかを、ス ヴェティ・サヴァ学校という具体例を通して検証しようというものである。

コソヴォのセルビア系住民は、ベオグラードの指示に従い、セルビア教育省策定のカリキュラムに則って義務教育を行っているが、コソヴォ政府側はこれをいわば不 法として認めていない。UNMIK はこのような環境の中、数々の交渉を通して、セルビア人の学校とアルバニア人の学校両方が同じ施設を共有するスヴェティ・サヴァ学校を開校したが、これは上記のような対立の図式を多少なりとも緩和することができたのか。

確かに表立った対立を回避できたという意味では、両コミュニティ間の関係はおおむね平和的なものだった。しかし、対話を通じてより深いレヴェルでのコミュニケーションを図ることは可能とはならなかった。それはなぜなのか、UNMIK の講じた民族和解のための諸対策に問題はなかったのかといった点について、私の経験も踏まえた上で考えてみたい。

講師紹介
英エセックス大学でPhD 取得。専門はイデオロギーと言説分析。エセックス大学、コソヴォ科学技術大学で教鞭を取った後、2007 年から2009 年までUNMIKに勤務し、教育や司法分野に関わる。共著に『バルカンを知るための65 章』(明石書店、2005)、共訳書に『来るべきデリダ 連続講演「追悼デリダ」の記録』(明石書店、2007)などがある。


カメラレンズを通してみた国連の仕事とダルフールの人々
ネクタリオス・マルコヤニス(UNAMID職員)

ダルフール国連-AU 合同ミッション(UNAMID)は、国連決議1769 によって、2007 年7 月に設立された。その設立目的は、UNAMID 職員や人道支援要員、そしてダル フール市民の安全確保、およびにダルフール平和協定(2006 年)の効果的な施行と武装攻撃の回避等である。現在のダルフールの状況は、スーダン政府と反政府武装 組織との戦闘はなくなってきたとは言え、紛争の政治的、社会的、そして環境的な諸要因は依然として存在し、深刻な人道的危機の様相を呈している。

私の所属するUNAMID の広報部門は、ダルフールの危機的状況を緩和しようと活動するUNAMID およびに他の人道支援組織の仕事を、写真や記事の出版を通して記 録する役割を持っている。彼らの活動は、ミッション上層部と政府との政治的話し合いから国内避難民キャンプの治安維持、そして少年兵士を含む戦闘員達の武装解 除・動員解除・社会復帰の支援に至るまで、多岐に渡っている。この報告では、私自身が撮ってきた写真を通して、これらの活動の一部を紹介するとともに、国連におけるメディアの役割についても考えてみたい。

講師紹介
現在、UNAMID で広報官/フォトグラファーとして勤務。過去にはギリシャのNGO でコンサルタントやミッション・コーディネーターとしてコソヴォとセルビアで活動。またイラクとヨルダンで、「世界の医療団」の病院建設プロジェクトを率い、その後UNMIK で人道支援チームのリーダーを務め、2008 年9 月から現職。




お問い合わせ
大阪大学大学院人間科学研究科内 人類学教室
e-mail globalra@hus.osaka-u.ac.jp